大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(ナ)6号 判決

原告 原清

被告 新潟県選挙管理委員会

主文

被告が昭和二十九年十一月七日施行の見附市議会議員選挙における訴願に対し昭和三十年三月二十三日なした「昭和二十九年十一月七日施行の見附市議会議員一般選挙における当選の効力に関し訴願人らのなした異議申立に対し見附市選挙管理委員会がなした申立棄却の決定はこれを取り消す、右選挙における原清の当選を無効とする。」との裁決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十九年十一月七日施行の見附市議会議員選挙に立候補し、三百三十票の得票を獲得最下位を以つて当選した者であるが、右選挙において次点を以つて落選した訴外荒井正治及び選挙人香田乕三郎は見附市選挙管理委員会が右選挙における投票中別紙記載のような投票一票を、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効としたのに対し、右は荒井正治の有効得票であると主張して同市選挙管理委員会に対し当選の効力に関する異議申立をしたが、同委員会は昭和二十九年十一月三日右異議を理由なしとして棄却した、そこで右訴外人らは右決定に対し新潟県選挙管理委員会(被告)に訴願をしたところ、被告は昭和三十年三月二十三日主文掲記のとおりの裁決をなし、右裁決は同月三十日告示された。しかしながら被告の右裁決は次の理由により失当であるからその取消を求める。

即ち右裁決書記載の理由によれば、被告は別紙記載の投票を「○三平」と記載し、又は記載せんとしたものと解することができるとして、右投票は候補者荒井正治の営業上の通称である「〈三〉」又は「三平」を指称するものと解すべきであるから右荒井正治の有効得票であると断定し、これによつて右荒井正治の得票は選挙会における決定得票数三百三十二票に一票を加えることとなり、従つて最下位当選者である原告の得票数と同数になるから、公職選挙法第九十五条第二項の規定により選挙長がくじにより当選人を決定すべき場合になるのであつて、原告の当選は無効である。というのであるが、右投票の記載を「○三平」と記載し、又は記載せんとしたものと断定するのは著しい曲解であつて、右記載のうち中央の一字は「三」と判読しうるけれども、上下の二字は判読困難であるばかりでなく、右選挙の候補者のうちにはその氏名に「三」の字を有する者は渋谷伝三郎及び山谷三次郎があるところからすれば、右投票は或いは渋谷伝三郎の名を記載せんとしたのではないかとも推察されるので、結局候補者の誰なるやを確認することができないといわざるをえない。よつて見附市選挙管理委員会が右投票を他事記載又は候補者を確認し難いものとして訴外人らの異議申立を棄却したのは相当であつて、右決定を取り消した原裁決は取り消さるべきものである。と陳述した。(立証省略)

被告は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告主張の事実中原告の主張する投票の効力及び原告の当選の効力に関する主張を争うほか、その余の事実は全部これを認める。本件投票は次の理由により訴外荒井正治の有効得票と認むべきである。即ち、本件投票は文字の記載能力の低い者がようやく書いたものと認められるのであるが、選挙において自書投票主義を採用している以上、常に完全記載を望むことは不可能であるから、その記載状況から見ていずれの候補者に投票したものかを判読しうるものはなるべくこれを有効とすべきものであることは同法第六十七条の規定の趣旨に徴しても明らかであるところ、本件投票は右の趣旨からすれば、何人に投票したかを確認し難いものとして無効とするよりは、これを「○三平」と記載せんとしたものと解し、荒井正治が通称〈三〉又は「三平」と呼称されている事実に徴し、これを同人の有効得票と判断するのが法の精神に適合するものというべきである。そうすると右荒井正治の得票は選挙会の決定得票数に一票を加えることになり、原告の得票数と同数になるから同法第九十五条第二項の規定により選挙長がくじにより当選人を決定すべきこととなるのであつて選挙会が原告を当選人と定めた決定は無効といわざるをえない。よつて原告の本訴請求は理由がない。と陳述した。(立証省略)

理由

原告主張の事実中別紙記載の投票の効力及び原告の当選の効力に関する主張事実を除き、その余の事実は全部当事者間に争のないところである。よつて右投票の効力について考えるに、被告は右投票の記載は「○三平」と記載し、又は記載せんとしたものであると主張するのであるが、当裁判所の検証の結果及び右投票の写真であることにつき争のない甲第二号証に基ずいて仔細に検討するに、その投票の記載のうち中央の一字は「三」と判読できるけれども、上の一字を「○」の記載と判読することは必らずしも容易ではなく、また下の一字をその記載自体から「平」と判読することは到底不可能である。従つて右投票の記載を「○三平」と判読することは極めて困難であるばかりでなく、仮りにこれを「○三平」と判読しうるものとするも、右投票は次の理由により、直ちにこれを荒井正治の有効得票と認めることはできない。即ち、証人島田桂治の証言によれば、右荒井正治は本件選挙に立候補するに当つて通称「三平」の届出をなしている事実が認められ、また、証人佐藤喜一の証言によれば、荒井正治は父音蔵と共に木材の仕入販売及び土木建築請負業を営むことを目的とする荒井木材土建有限会社を経営し、本件選挙の当時同人はその取締役の地位にあつたこと、及び同人がその取引上古くから〈三〉の記号を用いており、右記号は広く同業者の間に通用していることを認めることができるのであるが、同人が「○三」又は「○三平」なる通称を有していることについてはこれを認むべき証拠がなく、若し右記載のうち「三平」の通称をとるとすれば「○」は他事記載と認める外なく、いずれにしても荒井正治の有効得票と認めることはできないのである。もとより投票の効力を決定するに当つては投票者の意思を尊重し、その意思が明白であればその投票を有効と解するようにしなければならないことは同法第六十七条の規定に徴しても明らかであるが、前示認定のようにその記載自体からして候補者の何人を記載したかを確認し難いもの、又は候補者の氏名の外、他事を記載したものは同法第六十八条によつて無効といわざるをえないこと、また論を俟たないところであるから、右投票はこれを無効と断ぜざるをえない。そうすると被告が原裁決において、右投票を荒井正治の有効得票と認めて見附市選挙管理委員会のなした前示決定を取り消し、且つこれによつて荒井正治の得票数が原告の得票数と同数になつたものとして原告の当選を無効とする旨裁決したのは失当であつて取消を免かれない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 岡咲恕一 亀山脩平 脇屋寿夫)

(別紙)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例